柳川藩主立花邸 御花
「柳川藩主立花邸 御花」は、江戸時代に立花藩の藩主が住まいとしていた邸宅跡に広がる庭園で、その歴史は立花家の栄華を今に伝えています。主屋や茶室、数寄屋造りの建物が点在し、当時の藩主が過ごした空間の雰囲気を色濃く残しています。立花家の歴史や文化を感じながら、当時の生活様式を垣間見ることができる貴重な場所です。
〒832-0069
福岡県柳川市新外町1 https://ohana.co.jp/
施工期間
2006〜2007
柳川藩主立花邸 御花
「柳川藩主立花邸 御花」は、江戸時代に立花藩の藩主が住まいとしていた邸宅跡に広がる庭園で、その歴史は立花家の栄華を今に伝えています。主屋や茶室、数寄屋造りの建物が点在し、当時の藩主が過ごした空間の雰囲気を色濃く残しています。立花家の歴史や文化を感じながら、当時の生活様式を垣間見ることができる貴重な場所です。
〒832-0069
福岡県柳川市新外町1 https://ohana.co.jp/
施工期間
2006〜2007
2005年3月におきた福岡県西方沖地震をきっかけに、御花本館と西洋館の修復をすることになり、当社が施工を担当。
約18社の専門会社の協力のもと1年がかりで工事を行ない、2007年春に完成しました。
立花伯爵家住宅
明治42年から43年に、14代の寛治(ともはる)の時代に新築された建物です。
地震の際に影響を受けたところの修復はもちろん、当時の写真や史実に沿って可能な限り100年前の姿に蘇らせることに努めました。
文化財の修復だったため、解体調査だけで半年がかり。復元するためにどのような材料で、どのような工法で行なえばいいのかなど、考古学的な知識も必要でした。100年の間に増築された箇所は、痕跡を探し、100年前の姿を推測しながらの修復となりました。
西洋館
明治43年に立花家の迎賓館として建てられました。鹿鳴館様式の流れを汲む伝統のある建物です。こちらも、100年前の姿に復元することを考慮し、煙突などレンガ一枚一枚を一度外し、補強。後に、元に戻すといった根気のいる工事でした。
※鹿鳴館(ろくめいかん)……1883年に日本の外務卿・井上馨による欧化政策の一環として建設された西洋館。イギリス人建築家ジョサイア・コンドルが設計したネオ・バロック様式を基調とする洋館で、明治時代の鹿鳴館様式建築の代表例。
